前のページで、2002年の末に新日鉄株が歴史的安値119円をつけた時期について解説しました。鉄鋼不況のどん底にあった新日鉄が、赤字決算におちいり、内部留保を取り崩して年1.5円というわずかばかりの配当をしたという時期です。
ところが、それからわずか半年あまりの後、景気回復の兆しが現れ始めました。アメリカの景気好転のおかげでアジア各国の鉄鋼需要が急増し、日本からそれらの国々に鉄鋼が大量に輸出されるようになったのです。
製鉄業は装置産業ですから、かりに製品の販売価格がそれほど上がらなくても、販売数量が増加すれば会社の利益は次第に増加します。新日鉄のその景況底打ち感を反映して、新日鉄株はこれ以上下落しないというコンセンサスが生じ、新日鉄株の株価は次第に上昇してきました。
下図に、この時期の新日鉄株の月足チャートを示します。
2002年11月の119円から株価が急上昇し、2003年の末には200円を越えるレベルになったのがわかります。
この時期の業績回復の様子は、新日鉄が発表した決算の中の一株当たり純資産の推移から読み取ることもできます。
- 2002年9月期 一株当たり純資産 128円
上記株価が119円の安値をつけた時期の直前の決算期です。
- 2003年3月期 一株当たり純資産 118円
上記株価が119円の安値をつけた時期の直後の決算期です。
- 2004年9月期 一株当たり純資産 150円
上記株価が119円の安値をつけた時期から一年半後の決算期です。
株価が119円の安値をつけた時期では新日鉄の純資産は10年来の低水準でしたが、その後の業績の急激な回復により一株当たり純資産が大きく増加したのがわかります。
このような業績回復を知った業界筋、会社筋、そして機関投資家などプロ投資家の買いが、新日鉄株の株価を安値の倍近くまで押し上げたのです。
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2003年の秋には、新日鉄株はほぼ10年ぶりの大商いとなり、株価は240円に迫ってきました。2004年に入っても大商いは継続し、新日鉄株の株価はじり高で推移しました。
2005年に入ると、鉄鋼需要は輸出に加えて内需も盛んになり、新日鉄の業績回復が鮮明になりました。2005年2月には新日鉄株は大出来高を伴って急騰し、月間の上昇率は14パーセントを越えました。
2005年8月には、新日鉄株は記録的な大出来高のもと急騰し、月末には高値324円をつけました。その翌月9月には、新日鉄株の高騰はさらに加速し、高値457円をつけるにいたりました。
その後も人気は継続し、2006年3月には高値479円をつけましたが、7月16日現在では相場全体の下落もあって440円がらみとなり、出来高もかなり細っています。
それでも、他の銘柄に比べれば高値からの下落率も小さく、今後なお相場が残っている可能性をうかがわせます。
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