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メトロのオペラ駅で下車して地上に出てくると、広場に大きな銅像が立っています。近寄ると、銅像の足元に"Isabel U" と記されてありました。
コロンブスのアメリカ発見を支援したイザベル女王とは別人で、19世紀中ごろ、ナポレオンのスペイン侵略以降の混迷期の女王イザベル2世の銅像でした。この女王は、1868年に共和主義者が起こしたクーデターにより王位を追われたとのことです。
この広場は、女王の名をとってイザベル2世広場と呼ばれます。 |
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広場の西側には、王立劇場があります。主としてオペラ、バレエやクラシックコンサートなどを上演している劇場です。 |
王立劇場の向こうに、壮大なマドリード王宮が見えてきました。フランスのヴェルサイユ宮殿と同じような横に広いつくりで、中央部の奥に大きなドームが見えます。 フランスのブルボン家出身のフェリペ5世という王様の命令で建築がはじまり、30年を費やして完成したとのことです。
スペインは、樹木が少ないかわりに良質の石材を多く産出します。そのため、この王宮のような建築が多くなったのでしょう。マドリード・バラハス空港に着陸する少し前に、地上の山間に円形の石切り場がいくつか見えたのを思い出しました。
独裁者フランコ将軍の死以降、スペインは立憲王制となりましたが、現在の王一族はここには住んでいません。 |
現在では、2800室の広大な宮殿のうちの50室が観光客に解放されているそうです。宮殿にはヴェラスケス、ゴヤの絵画をはじめ、見事な天井画、豪華な内装・調度、タペストリーなどがあるとのことです。
しかし私どもがいったときは、近くここで行われる現在の王一族の結婚式の準備中とのことで宮殿内部の見学はできませんでした。 |
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王宮前にあるオリエンテ広場という広場に、フェリペ4世の騎馬銅像がありました。
フェリペ4世というと、例のヴェラスケスの「王女様」などの名画に描かれている顔がとても長い王様ですね。 紺碧のイベリアの空をバックに、しゃくのような棒を手にして馬上から前方を見つめている銅像でした。スペイン人は銅像が大好きらしく、大多数の広場にはなにか銅像が立っています。
王宮の建築資材はすべて御影石を使用しており、春の強い陽光を受けて白く輝いていました。 |
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王宮の南側にすぐ隣接して、尖塔をもつドームと鐘楼が見えました。マドリードの守護神といわれる聖女アルムデナを祭るアルムデナ寺院です。ネオ・バロック様式という建築だそうで、華麗なバロック様式の王宮とはややイメージが異なります。ドームと鐘楼の屋根の青灰色が印象的です。
2005年5月に予定される皇太子の結婚式は、ここで行われるとのことです。
王宮は、間口が131メートルの巨大な長方形をしており、中央に大きな中庭が設けられているようです。 |
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王宮の西側にはカンポ・デル・モーロと呼ばれる庭園があり、高い樹木が植えられた広々とした芝生のなかに、たくさんの彫像がおかれてありました。
この庭園もプラド通りの緑地帯もそうでしたが、スペインには丈が高いポプラに似た落葉樹が多いようです。その新緑の間から、横幅130mもある壮麗な王宮を眺めました。
マドリードは盆地性の気候で、夏は40度にもなる一方で冬の寒さは厳しいそうです。その冬が終わり、春がまた巡ってきたときの新緑の美しさは特別のようです。 |
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カンポ・デル・モーロを出て、王宮の正面を通り、王宮北側にあるサバティーニ庭園に向かいます。サバティーニはカルロス3世のころ活躍した建築家で、マドリード市内に現在も残るさまざまな建築をしたそうです。この庭園は、20世紀になってからサバティーニが設計・建設したとのことです。
フランスのベルサイユ宮殿の庭園を思わせる幾何学的な構成で、広大な敷地の中に池、広場、林などが配置されています。
この庭園の中に立って王宮の北側を眺めると、王宮正面とはイメージがまったく違うのに驚きました。 |