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コンセルトヘボウで一休みしながらそのあたりの地図を見ると、有名なビールメーカー ハイネケンの工場が近くにあるのがわかりました。 工場見学をしながら大好きなハイネケンビールが飲めるとのことで、行こうと思って案内書を読んだところ、11ユーロの料金を取られるのがわかりました。日本なら、ビール工場の見学は確かただ同然だったと思います。
そこで、これはあきらめて市電でホテルに近い観光名所ライツェ広場に向かいました。 |
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途中、ライツェ広場で市電を降りて食事をしました。ここは各種ショップや飲食店の多い観光スポットですが、広場の面積は狭く、しかもその大部分が上の写真のように飲食店のテーブルと椅子で埋め尽くされています。
どこも狭くて空きスペースの少ないアムステルダムを象徴するような場所でした。しかし、あたりのショップ街は人通りが多く活気にあふれています。その人通りをかき分けるようにして市電が頻繁に通って行きます。 |
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ダム広場に近づくと、写真の壮麗な建物が見えてきましたが、これはなんとマグナプラザというデパートだそうです。
アムステル川というこの地域唯一の川をせき止めるダムがここにあったことから、ダム広場と呼ばれるそうです。「アムステルダム」という市名も、アムステル川のダムの意です。
ここで市電を降りて東側に少し歩くと、アムステルダムでもっとも有名な観光スポットダム広場に出ます。 |
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ダム広場に面してオランダ王宮の巨大な建物がそびえていました。オランダは、日本と同じく立憲君主制をとっており、現在はベアトリクス女王が王位についています。
オランダ王室は庶民的なことで有名で、写真にように王宮には門がなく、オランダ名物の自転車が王宮の前のダム広場を自由に行き交っています。
ルネッサンス様式という建築で、夜間はライトアップされて見事な景観になるそうです。 |
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王宮のすぐ隣に、新教会という大きな教会があります。聖カタリナ教会と呼ばれることもあるそうです。最初の建立は14世紀末とのことで、当初はカトリックの教会だったのでしょう。19世紀以降は、歴代のオランダ国王の戴冠式がここで行われており、現国王ベアトリクス女王も1980年にこの教会で戴冠式を行いました。
新教会は内部に入って取材したので、別ページをご覧ください。 |
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ダム広場の王宮と反対側(西側)に、高さ22mの石柱が立っています。第二次世界大戦で亡くなったオランダ国民の霊を慰める戦没者慰霊塔で、1956年に建立されました。
慰霊塔の基部正面には二頭のライオンの像がありますが、これらはオランダ国家を表現するものだそうです。
オランダは、ドイツとフランスの中間の戦略的に重要な位置にあり、第一次、第二次のいずれの大戦でも激しい戦闘の場となって、多大の人命が失われました。 |
ダム広場はアムステルダムを代表する観光名所で、世界各国からの観光客でいつも賑わっています。上記戦没者慰霊塔の下にも、多数の観光客が座り込んでいました。 広場の中には飲食の屋台がたくさんあり、オランダ名物のビールなどを販売しています。それら観光客の間を縫うように、市電や観光バスが盛んに行きかっていました。 |