私どものアムステルダム旅行も、終わりに近づきました。かねてよりぜひ訪れたいと思っていた場所が、一つ残っています。それは、アムステルダム旧市街の中央にあるアムステルダム旧教会です。
アムステルダム中央駅から南に伸びるダムラック通りから東の方向に歩き、アムステルダム旧教会の北側に出ました。 |
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旧教会は、アムステルダムでもっとも古い教会で、13世紀初めに建設が開始されました。もともとは、ユトレヒト大司教によりオランダ海運の安全を祈願して建立されたとのことで、教会内部には帆船のモデルが飾ってありました。日本でいうと、金比羅宮のような存在だったのでしょう
教会の裏側に当たる北側から見ても左の写真のように堂々たる存在感で、新教会、西教会などアムステルダムのほかの教会をしのぐ歴史の重さを感じさせます。 |
旧教会の西側を回って、南側の正面の方に歩きました。旧教会の東側、運河沿いにはかの有名なる「飾り窓地域」が拡がっています。 この飾り窓地域では、旧教会が着工された13世紀ごろから娼家が集まっていたそうです。各種規制が緩いので有名な国オランダでは、現在でも売春が条件付で公認されています。
旧教会の西側の通りにも、やはりそのような家があるようで、教会側の歩道にも下の写真のような女性の銅像やレリーフが置かれてありました。敬虔なるプロテスタント教会と飾り窓という日本人には理解しがたい組み合わせです。 |
南側に回ると、旧教会の建物がさらに存在感を増して見えました。本体部分の天井は20メートルもあるので、旧教会は音楽会の会場としても盛んに利用されているそうです。
16世紀にドイツで起こった宗教改革は、その後ヨーロッパ各国に波及しましたが、オランダではカトリック国スペインからの独立戦争とも関係して非常に大きな混乱が発生しました。旧教会の西側にその間の事情を説明したプレートがありましたが、それによると、1578年にアムステルダム市の実権をカルビン派新教徒が掌握したのにつれ、旧教会もカトリックからプロテスタントに改宗させられたとのことです。
その際に、旧教会内にあったカトリック時代からの祭壇や造作などはあらかた破壊されましたが、美しいステンドグラスを含め、建物の外観はそのまま残されました。 |
旧教会に入って、まず正面と思われる縦に長い大きな窓が二つあるところに向かいました。カトリック教会の場合には、そのような位置に大きな祭壇があり、そこにキリストや聖母マリアの彫像あるいは板絵が祭られているのが普通です。 しかし、この旧教会では、そこには下左の写真のように大きな燭台が下がっているだけで、他にはなにもありませんでした。
またドームの下に行って見ましたが、そこから見上げてもただ暗いドームの天井に明り取りの窓が開いているだけで、天井画や彫像などはありませんでした。
旧教会がカトリックからプロテスタントに転換されたとき、カトリック時代からの祭壇や造作などはあらかた破壊されたのでしょう。 |
前記のように、この旧教会は、もともとはオランダ海運の安全を祈願して建立されました。教会の西側にあったプレートには、14世紀には海運業者の守護神である聖ニコラスを祀っていたとありました。聖ニコラスとは、クリスマスでおなじみのサンタクロースのルーツといわれる聖人です。その名残でしょうか、教会内部には帆船のモデルが天井から吊り下げられていました(下左の写真)
下右の写真は、祭壇の反対側にある巨大なパイプオルガンです。この教会では、パイプオルガンのコンサートも開催しているようです。また、多数の鐘で音楽を奏でるカリヨンも設置されており、その音色を楽しむこともできるそうです。 |
この旧教会は、その中心から見て360度どの方向にも窓や明り取りが設けられており、一日中どこかから日の光が内部に注ぐように造られているそうです。それらの窓には見事なステンドグラスが多数設けられており、それらを一つ一つ見て歩くと興趣が尽きません。
なお、17世紀を代表する画家の一人レンブラントは、この教会でサスキアと結婚式を挙げました。その最愛の妻サスキアは、結婚後わずか7年で結核により亡くなり、現在この旧教会に埋葬されています。 |