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大英博物館は、アメリカ・ワシントンのスミソニアン博物館と並ぶ世界最大級の博物館です。収蔵品は、世界中の古代遺物、美術品、書籍など約700万点に及び、それらのうちの15万点ほどが常設展示されています。
それらは学術研究の対象になっていますが、来館者の大多数は自国人も含めた観光客だそうです。入場料が無料になっていることもあり、年間では700万人を超える見学者がこの博物館を訪れるということです。 |
私どもが子供のときは、大英博物館にはツタンカーメンの黄金マスクとロゼッタ石が展示されていると教えられました。大英博物館の膨大な所蔵品のなかでも、それら2点が飛びぬけて有名だったのです。
しかし、現在ではツタンカーメンの黄金マスクは大英博物館にはなく、エジプトの強い要請により10数年前に同国に返却され、カイロのエジプト博物館に展示されています。 もう一方のロゼッタ石は、大英博物館の看板の一つとして同博物館に残っており、エジプト博物館にはそのコピーが展示されているそうです。 |
上記のように、大英博物館の展示品は15万点にも達するそうで、これらをざっと見るだけでも数日を要することでしょう。私どもは、特に関心を持っているエジプト、ギリシャ、ローマなどの古代遺物を中心に見て回りました。
なお、大英博物館のウェブにはCompass というデータベースがあり、大英博物館の収蔵品の一部(約5000点)をウェブ上で検索・閲覧することができるそうです。
まずは、ロゼッタ石が展示されているという古代エジプトの展示室に向かいました。展示室入口の広場にロゼッタ石が防弾ガラスのケースに入っているのが見えましたが、その周りに見学者がたくさんいたので、展示室の内部を先に見ることにしました。
多数の展示物は、歴史的な価値はもとよりのこと、美術品としても非常に優れたものがたくさんありました(下の写真4枚)。 |
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展示室の内部を見終えてから、ロゼッタ石の前に戻りました(左の写真)。高さ114cm、幅72cm、厚さ28cmの平たい玄武岩でできた灰色の石碑でした。
ナポレオンが1799年にエジプトに遠征したとき、ナイル河口のロゼッタという村でこの石碑がたまたま発見されました。 ナポレオン軍には多数の学者たちが同行しており、3種の言葉が掲載されているロゼッタ石の文面の解読が始まりました。 |
そのロゼッタ石が、どうして現在大英博物館に収蔵・展示されているのでしょうか。このページを書くために少し調べた結果、その謎がようやくわかりました。
当時の地中海は、イギリス海軍が圧倒的に優勢でした。ナポレオン軍は、そのイギリス海軍の目を盗むようにして地中海を渡ってエジプトに遠征したのですが、その後本国からの補給路を断たれて苦境に立ちました。 やがて、ヨーロッパ大陸で情勢が緊迫してきたので、ナポレオンは遠征軍をエジプトに残して自分だけ帰国してしまいました。残った遠征軍は、まもなくイギリス・オスマントルコ連合軍に敗れ、降伏しました。
その際、エジプト・アレクサンドリアに保管されていたロゼッタ石は戦争に勝ったイギリス軍に接収され、やがて大英博物館に収蔵されたということです。 |
膨大な展示品の間を泳ぐように移動して、見覚えのある色彩の壷の前に着きました(下左の写真)。紀元前1600〜1300年ごろ栄えたミケーネ文明の美術品だと思います。 1872年に、有名なトロイの遺跡を発掘したハインリッヒ・シュリーマンによってミケーネの遺跡が発見され、古代ギリシアより前の文明として確認されました。
ミケーネは青銅器の文明でしたが、下右の写真はその青銅で造られた頭部像です。 |
ミケーネの遺物の隣には、古代ギリシャ美術の展示室がありました。このあたりになると、現代の私どもにもなじみのある美術品が多くなります。
下左の写真は、ルーブル美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館などでもよく見かけるタイプの古代ギリシャの女性像です。西欧美術の原点の一つといえましょう。
写真下右は、ギリシャ悲劇の主人公を思わせる頭部像です。紀元前5世紀ごろの作品と思われますが、19世紀末のロダンの彫刻の隣に並べてもほとんど違和感がないと思います。優れた美術作品は、時代を超えて見る者の心をとらえ、深い感動を呼びます。 |
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博物館の内部を一時間あまり歩いてだいぶ疲れたので、一度博物館の中央にあるグレート・コートに帰って、カフェテリアで軽食を取りながら休みました。
グレート・コートは屋根つきの巨大な中庭で、博物館の各展示室をつなぐ通路の役割も果たしています。 その中央に大きな円形の建物がありますが、それは以前大英博物館の中にあった大英図書館の閲覧室だそうです(左の写真)。 |
2000年からは、ここは開架図書の閲覧室として一般に公開されたそうです。また、閲覧室の中にはネットワーク経由で博物館の情報を検索できる端末も多数設置されているということです。
旧大英図書館の時代には、ロンドンに留学していた夏目漱石もここに通って勉強したそうです。漱石がロンドンに来たのは1900年のことで、その翌年にはヴィクトリア女王が亡くなって大葬が行われました。 |