|
|
ザルツブルグには、「モーツァルトの家」が二つあります。一つはモーツァルトの生家で、ゲトライデ通りの「馬の洗い場」に近いところにあります。 もう一つは「モーツァルトの住居」と呼ばれるもので、新市街のマカルト広場にあります。
左の写真はモーツァルトの生家の方で、こちらは現在さまざまな展示のある記念館となっています。よく旅行案内書などに掲載されているのは、こちらの方です。
モーツァルトは、1756年にここで生まれて7歳になるまでここですごしたそうです。 |
|
|
モーツァルトの生家には、やはりザルツブルグカードで入場できます。
内部の展示を見て歩いていると、小さいピアノがありました。昔、私が中学生くらいのころでしょうか、東京のデパートが「モーツァルト展」というのを開催したことがありました。
その会場に「モーツァルトのピアノ」というのが展示されていましたが、それがこのピアノだったのかもしれません。 このピアノでは、大きな音は出なかったでしょうし、音色も貧弱だったことでしょう。もちろん、音域も大変狭かったと思われます。 |
|
|
さらに展示を見ていくと、写真のかなり大きなピアノが置かれてありました。 これくらいになると、現在のグランドピアノにかなり近くなります。モーツァルトの初期の作品は、このようなピアノを使用して作曲されたと思われます。
ピアノは、バイオリンなど弦楽器とは違い、基本的に工業製品です。従って、時代とともに技術革新により次第に優れた楽器が製造されるようになったのです。
後のベートーベンの時代には、ピアノはさらに格段の進歩を遂げました。 |
|
|
当時の旅行用馬車の一部が展示されていました。このように荷車とたいして違わないような貧弱な馬車で、モーツァルトはヨーロッパ中を駆け巡ったのです。 そのようなつらい旅行により、モーツァルトは健康を害して短命に終わったのではないかともいわれています。
また、モーツァルトの母アンナマリアは、モーツァルトとともにパリへの長距離旅行をしましたが、旅行に出る前から旅行への不安を口にしていたそうです。その不安は的中し、モーツァルトの母アンナマリアは58歳でパリで病死してしまいました。 |
|
|
こちらは、モーツァルトの居間を復元した部屋のようです。ピアノも置いてあるので、居間兼仕事部屋というところでしょうか。
家具も少なく簡素な部屋ですが、当時はこのような造りが普通だったのでしょう。このような部屋で当時の暖房では、ザルツブルグの冬はかなり辛かったことでしょう。
後にモーツァルトは、大司教と決別してウィーンに移り住みますが、そのころは収入が大幅に増加したので、豪華な家を借りて住みました。その生活は、映画 《アマデウス》 の中に描かれている通りでしょう。 |
|
|
ザルツブルグは、基本的に平地が少ないので、昔も今と同じように住宅のスペースが狭かったと思われます。
このモーツァルトの生家のあたりは当時とほとんど変わっていないといわれますが、窓から外をのぞくと下はご覧のように狭い袋小路になっていました。
このような小路により、密集した住宅の採光と換気がやっと行われていたのではないかと思われます。このような造りは、以前歩き回ったパリやフィレンツェの裏町でもよく見かけたの思い出しました。 |
|
|
ザルツブルグのもう一方のモーツァルトの家である「モーツァルトの住居」は、モーツァルト一家が1773年から1780年にかけて住んだ家です。
最後の年には、モーツァルトは24歳になっていました。その翌年には、モーツァルトはザルツブルグを去り、ウィーンに移り住んでいます。
この「モーツァルトの住居」にも、ザルツブルグカードで入場できます。 「モーツァルトの住居」の内部は博物館として構成されており、モーツァルトの作品を鑑賞できるようになっています。 |