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ザルツブルグ大聖堂の裏側に回ると、高い山が目の前に立ち上がっており、その上に灰色の大きな城郭がそびえていました。これが、ザルツブルグの象徴ホーエンザルツブルグ城です。
この城は11世紀に要塞として造営され、以降17世紀に至るまで徐々に拡張されました。その間、外国の侵略に対抗する要塞として機能したのはもちろん、多数の囚人を収容する巨大な牢獄としても利用されました。
現在では、この城はザルツブルグ一の眺望を誇る観光スポットになっています。 |
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このお城は海抜500メートル近いところに建てられているので、ザルツブルグの街からは80メートルほど登ることになります。
登るには、1892年に開通したケーブルカーを利用するか、あるいは細い山道を歩いて登るかです。
私どもはザルツブルグカードを購入していたので、当然ケーブルカーに乗るつもりだったのですが、道を間違えて山道に入ってしまいました。雨の中、山道を登っていくと、ケーブルカーの中継所に出ましたが、そこからケーブルカーに乗ることはできませんでした。 |
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雨風が強い中、やっと山道を登りきって城に着きました。やはりザルツブルグカードを利用して城内に入ります。城内には観光コースがあり、ガイドが英語で説明します。
最初の部屋には歴代の大司教の肖像がずらりと並んでおり、その横に左の写真の紋章のついた旗が展示されていました。ザルツブルグ大司教領の紋章かと思います。
ここは、お城といってももともと要塞なので、内部の造りは素朴かつ剛健です。
中世城郭の様子がほぼそのままに残っている貴重な歴史遺産といわれます。 |
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いくつかの部屋を回っているうちに、厳重に石で囲まれた暗い場所に入りました。石の壁には、なにやら鉄で作られた不気味な道具や鎖がたくさんかかっています。どうやら、囚人の拷問に使われた道具のようです。
この城は、前記のように巨大な牢獄としても利用された歴史があります。特に17世紀以降の宗教戦争の際は、地下牢が一杯になるほど多数の囚人が収容されたそうです。
そのような時代に、この部屋で凄惨な拷問が行われたのでしょうか。恐ろしくなって、早々にこの部屋を後にしました。 |
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城内を移動している途中、北側に開いた窓から眺めると、すぐ下にあるザルツブルグ大聖堂やその向こうのザルツブルグの市街が手に取るように見えました。
大聖堂のすぐ隣にある州庁舎の鐘楼(グロッケンシュピール)も、はっきり見えています。
それらの北側にはザルツァッハ川が大きくカーブしながら流れており、そのさらに北側にはザルツブルグ中央駅の建物も見えます。天気がよかったら、実にすばらしい景観となったことでしょう。それにしても、ザルツブルグの街というのは本当に小さいですね。 |
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城には「レックの塔」と呼ばれる高い塔があり、私ども観光客が登れるようになっています。あいにくの吹き降りでしたが、傘を構えて塔の天辺に出てみました。
塔からは、まさに360度の眺望が楽しめます。北側のザルツブルグ市街はもちろんのこと、市街の反対側の丘陵地帯、西側のドイツ国境方面もひろびろと見渡せます。
写真は、オーストリアの最高峰グロースグルックナー山のある塔南側の景観です。
天気がよければどれほどすばらしい景観だろうと、この悪天候をうらむことしきりでした。 |
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ホーエンザルツブルグ城の城郭には、ところどころに銃眼が設けられ、写真のように鉄製の大砲が備えられていました。
ヨーロッパで強靭な錬鉄が生産され、それを利用して大型砲が作られるようになったのは、19世紀のはじめのようです。ナポレオンは、それらの大砲の威力をフルに利用してヨーロッパ各地を征服していきました。この大砲はそのころ設置されたのでしょうか。
20世紀に至っても、第2次大戦では、ヒットラー占領下にあったザルツブルグは連合軍の爆撃を受けました。 |
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ホーエンザルツブルグ城の歴史を見ると、何度も周囲を完全に包囲されて篭城したことがあるようです。そのような事態に備えたのか、城内や城の中庭にいくつも井戸を見かけました。
しかし、この高台での井戸となると、相当深く掘る必要があることでしょう。となると、それらの井戸から水をくみ上げるのも、動力のなかった時代はかなり難儀なことだったと思われます。
城内には穀物倉庫もあり、1000人の兵士1年分の備蓄がされていたそうです。 |
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私ども観光客に開放されている城内の建物は、城砦の武骨なイメージのあるものでしたが、私どもが見学を終えて城内を出ながら見て回ったところ、左の写真のような優雅な建物もありました。
ザルツブルグ観光のオプショナルツアーの中にはホーエンザルツブルグ城で行われるコンサートを盛り込んだものがあるようですが、その際はこの建物が使用されるのでしょうか。11世紀の造営開始以来1000年の年月を経て、ホーエンザルツブルグ城は、堅固な要塞にして血なまぐさい牢獄からザルツブルグ観光の中心にと大変身をとげました。 |
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ホーエンザルツブルグ城の観光を終え、私どもはケーブルカーの降り口に向かいました。乗り場からのぞき込むと、はるか下方に私どもが登るときに通ってきた中継駅が見え、そのさらに下の方にケーブルカー登り口に停車しているケーブルカーが見えます。
私どもは、これだけの高さを歩いて登ってしまったわけです。
ケーブルカーの下りはスピードが速く、あたりの景色を見るひまもなくケーブルカー登り口の駅に着きました。駅の外の広場に出て、改めて山の高みにあるホーエンザルツブルグ城を見上げました。 |