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ザルツブルグのホテルは、中央駅に近い新市街の便利なところにありました。チェックインした晩は、雨が降っていたので街の散歩もせず早々に寝ましたが、時差のため夜中の3時ごろに眼がさめてしまいました。
翌朝もかなりの雨降りでしたが、日数もないので、朝食をとってすぐ市電に乗ってまずはザルツブルグ大聖堂に向かいました。 大聖堂の下の停留所に着くと、横の川にモーツアルト橋という橋がかかっています。
川が大分増水して、茶色に濁った水が橋脚に激しく当たっていました。 |
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地図は持っていたのですが、大聖堂に向かう方向がわからず、土地の人に訊きながら進みました。オーストリアでは大多数の人が英語を理解するようで、私ども旅行者には本当にありがたいことでした。
やっとのことで、小高い丘の上にザルツブルグ大聖堂の巨大なドームが見えてきました。どうやら大聖堂の横に出たようです。
音楽ファンの方は、大多数が映画『アマデウス』をご覧になっていると思います。その映画の中で、ザルツブルグの大司教が強力な権力を持っているのが描かれていました。 |
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モーツァルトの時代には、ザルツブルグはローマ教皇の直轄地であり、教皇によって任命された大司教が事実上の君主として統治していました。 ザルツブルグが産する岩塩の富により、大司教が絶大なる権力を得てこのように壮大な大聖堂が建立されました。現在の大聖堂は、17世紀初めに完成したということです。
左の写真は、大聖堂のすぐ隣にある州庁舎の鐘楼(グロッケンシュピール)です。35個もある鐘が、7、11、18時にモーツァルトの作品を演奏するそうです。 |
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門を通って大聖堂前のドーム広場に入り、大聖堂の正面に出ました。激しい風雨の中、傘をしっかりと持ちながらの撮影です。 大聖堂正面には大きな黒い扉が3つありますが、これらは信仰・愛・希望を象徴しているそうです。
ザルツブルグ大聖堂は、8世紀に最初に建立されましたが、それから現在の建物に至るまでに、8回も焼失する苦難にあっているということです。しかし、そのたびにさらに立派に再建されてきたのは、土地の人々の篤い信仰心と岩塩の富によるものでしょう。 |
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浮き彫りが施されている黒い大きな扉を押して、大聖堂の内部に入ります。 ローマのカトリック総本山サンピエトロ寺院にならったイタリアバロック様式の造りになっており、堂内いたるところが彫刻と絵画で飾られています。
奥の高いところに半球形のドームがあり、その直下に大きな主祭壇が置かれています。これも、ローマのサンピエトロ寺院と同じ造りです。 主祭壇には、彫刻ではなく、昇天するキリストを描いた大きな絵画が置かれていました。 |
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大聖堂のドームの下に行き、ドームの上の部分を見上げました。この部分もローマのサンピエトロ寺院と似ていて、一番高いところには十字架と天井画が置かれています。
ドームの半球部の内面には、フレスコ画が多数配置されています。残念ながら、外部は雨天のためドーム内部が暗くて、フレスコ画ははっきりとは見えませんでした。
このドーム部の反対側には、パイプオルガンが設置されています。これは、ヨーロッパでも最大級のオルガンで、モーツアルトも演奏したということです。 |
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大聖堂には、主祭壇のほかに、左の写真のような祭壇が多数設置されています。この祭壇にはすばらしいキリスト昇天の絵画が置かれていました。
モーツアルトはこの大聖堂で洗礼を受けましたが、その際に使用した洗礼盤が現在でもここにあるそうです。
モーツアルトはその後成人してからは、ザルツブルグ大司教に仕えてこの大聖堂のオルガン奏者をつとめました。また、モーツアルトには20以上のミサ曲がありますが、それらの大多数はここで演奏されたそうです。 |
モーツアルトのミサ曲のうち、もっとも優れているのは、死の床で作曲を進め未完に終わったレクイエム ニ短調(K.626)です。それに次ぐ傑作は、K.417a のハ短調ミサでしょう。これら二作は、モーツアルトがザルツブルグ大司教と決別してウィーンに移り住んでから作曲したものです。
ハ短調ミサの方は、ウィーンで結婚した妻コンスタンツェをザルツブルグの父に会わせるためにザルツブルグに帰って演奏しましたが、そのときはザルツブルグ大司教とは絶縁状態だったのでザルツブルグ大聖堂では演奏できず、その近くにある聖ペーター教会で行ったということです。 |
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ザルツブルグ大聖堂は非常に大きい建物ですが、その周りにある広場があまり広くないので、大聖堂の全景がなかなかうまく写真に撮れません。
今回は、私どもは大聖堂の次にホーエンザルツブルグ城に向かったのですが、そのために山を登り始めてから振り返ったところ、左のように、大聖堂とその隣にある鐘楼(グロッケンシュピール)を同時に写真に撮ることができました。
好天だったら、大聖堂の向こうにザルツブルグの市街が広がって見えたことでしょう。 |