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  (3) 唐招提寺

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 近鉄橿原線西ノ京駅で下車し、薬師寺と反対の北の方向に10分あまり静かな田園を歩くと、唐招提寺の南大門に着きます。

唐招提寺は、759年(天平宝字3年)に鑑真和上が創建した律宗の総本山です。井上靖の名作 『天平の甍』 は、二人の留学僧栄叡、普照が律宗の正式授戒師である鑑真和上を日本に招聘するためにさまざまな苦難に立ち向かう物語です。

1998年には、「古都奈良の文化財」としてユネスコの世界遺産に登録されました。

唐招提寺金堂

 エンタシス(中央部がやや太くなっている)の列柱で有名な唐招提寺金堂は、2000年から10年計画の解体修理中で覆い屋根がかけられており、残念ながら拝観できませんでした。
本尊の盧舎那仏坐像、千手観音立像、薬師如来立像などの仏像も、現在修復中で当分公開されないとのことです。

古来、唐招提寺ほど歌人、俳人に愛されたお寺は他にないでしょう。

芭蕉をはじめ多くの歌人、俳人がこのお寺を訪れ、優れた和歌や俳句を残しています。
金堂の左側に、歌人会津八一がこの金堂を詠んだ歌碑があります。
   大寺の
       まろき柱の月かげを
           土にふみつつものこそ思え  会津八一
金堂の屋根の上に相対向する魚の尾形の飾り物は、鴟尾(しび)とよばれます。正面に向かって左側の鴟尾は、唐招提寺創建当時のものとして、特に有名です。

   鴟尾今日の
       日を失へば
           夕牡丹  阿波野青畝

金堂の屋根のてっぺんにある鴟尾に最後の夕照が輝いていたが、それがなくなると急に暮色が濃くなった。その中で寺の境内の牡丹がほのかに明るく見えるという句意です。
青畝は、虚子門下で秋桜子・素十・誓子とともに4Sとうたわれた俳人です。しかしこの俳句には、ホトトギス流の平明な俳句にはない感覚的、詩的な世界があると思いますが、いかがでしょうか。

唐招提寺講堂
唐招提寺講堂

 金堂の奥にある講堂は、平城京の東朝集殿を移築したもので、奈良時代の宮殿建築を現代に伝えています。唐招提寺の堂宇のうちでも、8世紀の創建時からあるもっとも古いお堂です。
どこか東大寺の正倉院と同じような雰囲気をもつ素朴で力強い造りです。

今年は暖冬だったため、私どもが行った3月の末には桜が開き始め、桜の花を前にした講堂の写真を撮ることができました。

当寺は創建時より学問寺で、この講堂は講義・聴聞の場でした。

講堂内には本尊の弥勒菩薩坐像(木造、重要文化財)、帝釈天立像、増長天立像が安置されています。

旧開山堂
元開山堂

 講堂を出て裏山の方向に行くと、山際に石段があり、その上に小さなお堂があります。それが元開山堂(本願殿)です。
石段のたもとに、松尾芭蕉が当寺で詠んだ俳句の句碑がありました。

  若葉して
      御目の雫
          ぬぐわばや 松尾芭蕉
芭蕉は、12年もの苦難の末、盲目となっても日本に仏法を伝えた鑑真和上に強く惹かれていました。

当寺の秘仏鑑真和上坐像は、芭蕉の時代はこのお堂に納められていました。この俳句は、このお堂で鑑真和上坐像を拝観したときの感動を詠んだものです。

宝蔵・経蔵
宝蔵・経蔵

 金堂の東側に校倉造りの蔵が2棟並んでいます。東大寺の正倉院の横幅を短くしたような建物ですが、ご覧のように堂々たる存在感を持っています。

講堂とともに、唐招提寺の創建当時からの建築ということです。写真は北側にある宝蔵で、もう一方の経蔵より一回り大きく、中には鑑真和上が唐からもたらした仏舎利が納められていると言われます。

宝蔵の横に早咲きの桜がちょうど華やかに咲いていました。

宝蔵の時代を感じさせる黒い建物と桜の花のコントラストがすばらしかったので、さっそく上の写真を撮影しました。

歩道・土塀
歩道・土塀

 唐招提寺境内の最北部に、東西方向に連なる歩道があります。有名な土塀に沿うこの歩道は、古都平城京の面影を現代に伝える貴重な場所で、古来文人墨客をはじめ多くの人々に愛されてきました。

ここでも今年の暖冬のおかげで桜が早めに開花しており、花の下での散歩を楽しむことができました。

金堂では、修復が始まる前は、中秋の名月の夜、諸仏をライトアップして「観月讃佛会(かんげつさんぶつえ)」という行事が行われてきました。

金堂の修復が完成したら、私どももぜひ当寺をまた訪れて、その観月讃佛会を拝観したいと思います。

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