《天城越え》というと、映画ファンは、1983年に封切られた田中裕子さん主演の名作を思い浮かべるでしょう。また、音楽ファンの方は、石川さゆりが1986年に発表したヒット曲のメロディを思い出すことでしょう。
これらは、いずれも社会派推理小説の大家として有名だった松本清張の同名の短編小説を元にしています。上記以外にも、後に詳しく紹介するように、2本の優れたテレビドラマもこの小説から作られました。この作品は、後の映像作家、音楽家の創作欲を刺激してやまない魅力に満ちているのです。
私も、昔NHKで制作した《天城越え》のドラマを見て以来、この作品の舞台を訪れたいと願ってきました。やっと2007年の春、早咲き桜が満開の河津町から北上してこの地に行くことができました。 |
|
|
まず、この作品の舞台になっている伊豆半島中央部の旧天城トンネルから伊豆半島東海岸にかけての地図を見ましょう。
明治22(1889)年の東海道線開通、それに続く伊豆箱根鉄駿豆線開通により、伊豆半島北部にある修善寺が北の東海道線側からのアクセスが飛躍的によくなり、東京からの客が増えて賑わうようになりました。
それにつれ、修善寺の南、伊豆半島中央部にある湯ヶ島温泉も伊豆屈指の名湯として栄え、温泉街には旅館、料亭などが立ち並びました。
しかし、その湯ヶ島の南は開発の手が伸びず、交通手段がほとんどありませんでした。伊豆半島の南端近くに下田の町がありますが、伊豆半島の東海岸には当時はまだ伊豆急行がなく、下田はほとんど孤立した状態でした。
明治37(1904)年に至って旧天城トンネルが開通し、下田と湯ヶ島の間が半島の中央部で接続されました。 |
これにより、かなりけわしい山道ではありますが、下田から陸路で東海道側に出るのが可能になったのです。トンネルの開通以降は、修善寺・湯ヶ島と伊豆南端の下田地域との物産の交流が盛んになり、南伊豆の開発が大資本の手で次々に行われました。
川端康成の『伊豆の踊り子』は、1926年(大正15年)の作ですが、大正7年(1918)年の伊豆を舞台としているそうです。天城トンネルが開通してから14年後のことになります。天城トンネルの効果により、南伊豆の開発がかなり進行し、修善寺・湯ヶ島も下田も大きく発展しつつあったことでしょう。 |
|
|
松本清張の短編小説 『天城越え』 は、1959年、清張が50歳のときの作品です。清張が本格的に文壇に出たのは42歳のときなので、その8年後、売れっ子作家になって連載に追いまくられる間に書いたものです。
この小説の冒頭に川端康成の 『伊豆の踊り子』 の一節が引用してあり、それに続いて清張は「小説の主人公の少年は、ちょうど同じ時期に下田から湯ヶ島に向かって歩いていた」と書いています。 |
少年は16歳で、家業の鍛冶屋を嫌って家出し、兄がいる静岡を目指していました。下田からひたすら山道を北の方向に登り、やっと天城トンネル(上の写真)を通過して湯ヶ島側に入ってきました。
一方、女主人公は、修善寺の料亭の抱え酌婦で23歳、名は大塚ハナと書かれています。抱えられていた料亭に多額の借金を残したまま足抜き逃走をして、下田を経て伊豆大島に向おうと南に歩いていました。湯ヶ島に近くなったあたりで、トンネルを通過して修善寺に向かって歩いてきた少年と出会いました。
少年は、最初の日で所持金をあらかた使い果たしたうえ、夕方になって疲労がつのったので、仕方なしに下田に引き返そうかと思っていました。そこに若くて美しい女が現れて下田に向かって歩いてゆくので、おもわずその後について歩き始めました。
やがて、ハナは後ろについてくる足音に気がつき、振り返って少年を見つめました。二人はすぐにお互いに寄る辺のない同士であるのを悟り、一緒に天城トンネルに向かって歩きはじめました。 |
|
|
湯ヶ島と天城トンネルの間は、狩野川沿いの渓谷で、近くには美しい滝がいくつもあります。それらのうち、もっとも有名なのが浄蓮の滝で、落差が25メートルもあるそうです。
私は昨年2月に旧天城トンネルの取材に行きましたが、悪天候のため、この浄蓮の滝までは登れませんでした。 インターネットで検索した結果、下記のブログにすばらしい浄蓮の滝の写真があるのを知りました。ブログの管理人みけ様にお願いしたところ、このページに掲載する許諾をいただけました。
なんちゃってヒトリスト
|
なお、上の写真は、管理人みけ様のご承認のもとに若干トリミングをさせていただいたものです。管理人みけ様、まことに有難うございました。
前記、田中裕子さん主演の映画 《天城越え》 では、ハナと少年が天城トンネルに向かって歩いてゆくシーンに浄蓮の滝が登場し、印象的な映像美で評判になりました。この映画の数年後に発売された石川さゆりさんのヒット曲 《天城越え》 でも、浄蓮の滝が唄われています。
しかし、今回松本清張の 『天城越え』 を読み返したところ、どこにも「浄蓮の滝」というのは見当たりませんでした。後に述べるNHK制作のテレビドラマ 《天城越え》 にも、浄蓮の滝は出てこなかったと思います。田中裕子さん主演の映画 《天城越え》 の脚本が、原作にはない浄蓮の滝を登場させたのかも知れません。 |
|
|
ハナと少年が山道を歩いて行くと、一人の土工風の男が見えてきました。ハナは、少年に向かってあの人と話があるからと言って、先に行かせます。
少年は、言われたとおりハナと別れて先に歩いて行きましたが、やはり女が気になってそっと引き返してあたりを探しました。 道から少し離れた藪の中でなにか物音がするので近寄ると、女が先ほどの土工に抱かれているのが見えました。 |
修善寺を一文無しで飛び出したハナは、土工に身を売ってなにがしかの金を得ようとしたのです。上記、NHK制作のテレビドラマ 《天城越え》 では、女優大谷直子さんがこのハナの役を演じましたが、今でも鮮明に覚えているほどの熱演でした。
上記浄蓮の滝から天城トンネルまでは、歩いて行くと2時間半以上もかかります。小説の記述から、この場所は天城トンネルからそれほど離れていないように思われます。清張は、現在バス停がある水生地下のあたりを想定したのかも知れません。 |
|
|
やがて、ハナは土工から金を受け取り、土工を後に残してさっさと天城トンネルに向かいました。土工も、のろのろとトンネルの方向に歩き出しました。少年は、気づかれないように少し距離を置いて土工の後をつけました。
三人は、相次いで天城トンネルを抜けて下田側に出ました。ふと、少年はポケットに切り出しナイフがあるのを思い出しました。家業の鍛冶屋を手伝いながら作ったものです。 |
この年頃の少年は、みな、年上の成熟した女性に憧れを抱き、まぶしいほどに見えるものです。この少年も、わずか数時間一緒に歩いただけの関係であるハナに対して、そのような感情を持ったのでしょう。そのハナが土工に奪われたと感じ、土工への殺意に駆られたのでしょうか。
天城トンネルを下田側に出てしばらく歩いたところで、土工は荷物を担ぎ直すために止まり、道端にしゃがみました。少年はその背後から駆け寄り、首筋に切り出しナイフを突き刺しました。土工は、うめき声を上げながら、道路わきの石垣を越えて杉林の中に転落しました。少年も杉林に降り、土工の傍に寄ってその背中にまた切り出しナイフを突き刺し、その体を川の方に引きずりおろしました。
上記、NHK制作のテレビドラマ 《天城越え》 では、小説の作者松本清張がこの一部始終を見ていた巡礼の役で出演していました。 |
|
|
天城峠一帯は、冬には厳しい寒さになります。天城峠から南に下る渓流には「河津七滝」がありますが、それらの滝も冬には氷で閉ざされることがあるそうです。
その寒さを利用して氷を製造するための池がこの近くにあり、できた氷を夏まで保存する氷室が造られていました。小説では、少年が凶行の後その氷室で夜を過ごしたと書かれています。その際、少年のはだしの足跡が氷室のおが屑の上に残りました。 |
|
|
翌朝日が出るとともに、少年は氷室を出て、家のある下田に向かいました。家に帰れば、親に叱られるでしょうが、それよりも凶行の現場から早く逃げたかったのでしょう。
氷室から少し下がったところに、寒天橋という橋が渓谷に架かっています(左の写真)。橋の上から渓谷を見通すことができるので、現在では天城旅行の名所の一つになっており、前記、石川さゆりさんのヒット曲 《天城越え》 の歌詞にもこの橋が登場しています。 |
|
今回松本清張の 『天城越え』 を読み返したところ、どこにも「寒天橋」というのは見当たりませんでした。 《天城越え》 の作詞者が、この観光名所を歌詞に盛り込んだものと思われます。 |
|
|
天城トンネル下の氷室を早朝に出た少年は、その日の午後には下田の町に着いたことでしょう。地獄のような一夜を過ごしたのを気取られないようにして家に入ると、母親は少年を一目見るなり泣き出しました。
下田は、幕末に黒船で来航したアメリカと江戸幕府との間で日米修好通商条約が交わされた町です。伊豆急の終点下田に着いて外に出ると、駅前には写真の黒船のモデルが置かれてありました。 |
まもなく土工の死体が渓流沿いで発見され、土地の警察が捜査を始めました。上記、NHK制作のテレビドラマ 《天城越え》 では、玉川良一さんが刑事役を演じていたのを覚えています。
そのころ天城越えをしていた通行人の証言から、酌婦ハナと少年が浮かび上がりました。ハナは、下田を経由して伊豆大島の元町に渡っていたのを発見され、警察の取調べを受けました。氷室のおが屑の上に残っていたはだしの足跡が小さかったので、ハナのものではないかと疑われたのです。
下田の少年のところにも刑事が事情聴取にきましたが、それ以上取調べを受けることはありませんでした。結局、ハナは証拠不十分として釈放され、本件は迷宮入りとなりました。 |
私どもは、短編小説というと、まず読者を引き込む文章力、そして精緻に仕立てられた起承転結を期待します。それらにより、ページ数が少なくても、十分読み応えを感じさせることができるのです。 そのような優れた短編小説の基準から見ると、松本清張ファンのお叱りを受けるかもしれませんが、この 『天城越え』 はそれほどよい出来ではないと思います。
その作品が、どうして後世の映像作家の心を捉え、何度も映画化、テレビドラマ化されたのでしょうか。それは、清張が、酌婦と思春期の少年という微妙な関係をもとに、性の狂気の深淵を読者の前にかいま見せたからだと思います。
映像作家たちは、やや粗造りの観のあるこの短編小説を原材料とみなし、映像の演出によって清張の意図したところをさらにクローズアップしようとしたのでしょう。 |