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俳句エッセイ |
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私は、永井荷風の小説が特に好きだというわけではありません。しかし、大都市生活者としての荷風はなかなか面白く、また東京散策の大先輩として興味深い散策レポートを多く残しています。
俳人としても優れた作品を多く残しており、其角、漱石、久保田万太郎と続く江戸俳句の伝統を引き継ぐ一人といえましょう。荷風の俳句には、その小説と同じように、どこか江戸風流人の美意識が漂うように感じます。
蕪村に通ずるようなデリケートな情緒の世界を詠んだ俳句が多く、専門の俳人の句にはないゆとり、清新さを感ずることがしばしばあります。 |
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傘ささぬ
人のゆききや
春の雨 永井荷風
「春雨じゃ、濡れて行こう」というわけでもないでしょうが、春に入ると雨の冷たさが薄れ、また霧雨のような細かい雨が多くなります。荷風の住んでいた横丁にも、小雨の中、傘もささない人が見かけられたのでしょう。
そのような微妙な季節感をさりげなく詠んだなかなかの俳句です。 |
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八文字(はちもんじ)
踏むや金魚の
およぎぶり 永井荷風
江戸時代の花魁(おいらん)は、重い衣装をつけ、高い駒下駄をはいて抱え主の家から揚屋までを道中しました。このときの花魁の歩き方は、外八文字、内八文字という二通りの歩き方を繰り返し行うのだそうです。
金魚鉢の中で金魚が自由に泳ぎまわっている様子が、華やかな衣装をつけた花魁が道中を行く姿に似ているという意味でしょう。 |
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うぐいすや
障子にうつる
水の紋 永井荷風
庭に池があると、池に面した部屋の障子に水面からの反射が映ることがあります。
早春のうららかに晴れた日、部屋の障子を閉めて寒気を避け、炬燵に入って最近ようやく鳴き方が上手になってきたうぐいすの鳴声に耳を傾けていました。
ふと気が付くと、障子に映る光がかすかに揺らいでいます。 |
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少し前からときどき風の音が聞こえていましたが、外では風が強くなり池の水面が騒いでいるのでしょうか。春先の微妙な季節感を静かに詠んだ俳句です。 |
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葉桜や
人に知られぬ
昼遊び 永井荷風
少々あやうい俳句(^_^)ではありますが、そんなつまらない咎めなど吹き飛ばすような芸術性と鮮やかな季節感が、ここにはあります。
「葉桜」という季題の瑞々しいなかにどこか物憂さ、けだるさのある季節感、またこの時期には日が目立って長くなってくるのを連想させる「昼遊び」という言葉、それらが相まって、一度読んだら忘れられないほどの情緒を醸し出しています。 |
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江戸風流人の流れを汲む荷風らしい、歌舞伎の世界を思わせる情緒的な俳句です。 |
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荷風は江戸風流人の大先輩である画家葛飾北斎を敬愛していたようで、次の佳句を残しています。
物干しに
富士や拝まむ
北斎忌 永井荷風
北斎といえば富士ですが、その北斎の忌はたしか4月中旬だったと思います。 物干しに出て春風を感じながら、なお雪をいただくその富士山を4月のうららかな空はるか遠くに望みつつ拝む、という爽快感がこたえられません。 |
昔は、東京や千葉の高台から富士山がよく見えました。私は以前東京・品川区に住んでいましたが、その隣にあったアパートが「富士見荘」という名前でした(^_^)。 現在でも、東京の区部には「富士見」がつく町名や坂などがたくさんあります。 |