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芭蕉・蕪村

  芭蕉野分して 隅田川辺の「大川端芭蕉句選」の中に、有名な「芭蕉野分して」の句碑がありました。
  鐘は上野か浅草か 隅田川辺の「大川端芭蕉句選」の一つ、有名な「花の雲」の句碑です。春風駘蕩、元禄の春の句です。
  木槿・野ざらし紀行 犬も歩けば棒に当たるです。遊歩の途中で立ち寄った世田谷区用賀のお寺で、芭蕉の句碑を見つけました。
  墓前の句 墓前の悲しみを詠む俳句もさまざまです。芭蕉の「塚も動け」の句と一茶の「赤い花」の句を比較しましょう。
  辞世の句 同じ辞世の句といっても、実に様々な俳句があります。 それが詠む人の人生を反映する辞世の句の面白さです。
  江戸俳句 芭蕉の弟子筆頭であった其角は、師芭蕉よりももっと感覚的な詩的世界を志向しました。
  其角の俳句 芭蕉の周辺を調べているうちに、其角の作品の中に心惹かれる俳句がいくつも目に付きました。
  菜の花・蕪村 与謝蕪村はこのさりげない花が好きだったようで、菜の花を詠んだ秀句をいくつも残しています。

子規・虚子

  雛あらば・子規 雛の節句の時期に、独身だった子規は、おもわずこの俳句を詠んだのでしょう。
  野球と俳句 東京大学予備門で野球をおぼえた子規は、松山で河東碧梧桐と高浜虚子に野球の手ほどきをしました。
  流れ行く大根の葉 高浜虚子は、世田谷区九品仏の浄真寺で句会を行ったあと、寺から多摩川の方向に散策に出ました。
  「台所雑詠」 虚子は、俳句界の拡大のために、俳誌ホトトギスに「台所雑詠」という女性専用の投稿欄を設けました。
  水原秋桜子 高尾山薬王院を訪れたとき、お山の頂上にある飯縄権現堂の裏で、俳人水原秋桜子の句碑を見つけました。
  ノラともならず 杉田久女は育児の傍ら俳句をはじめ、俳誌ホトトギスの雑詠欄に投句するようになりました。
  鞦韆は漕ぐべし 現代の私どもには、鷹女の俳句は凛とした気品と瑞々しさにあふれているように感じられます。
  皆吉爽雨 古刹深大寺の裏山に皆吉爽雨の句碑があり、有名な「深大寺そば」の俳句が刻まれてありました。
  中村汀女 世田谷区立羽根木公園に、中村汀女の有名な俳句「外にも出よ」の句碑があります。
  中村草田男 深大寺の本堂の左側に、中村草田男の有名な俳句「萬緑の中や」の句碑がありました。

その他

  晩酌の肴 庶民のささやかな楽しみ、晩酌。最近は、女性にもたしなむ向きが多くなったようです。
  東京惜年 今回は、主として江戸あるいは東京の年の暮に関係のある俳句を取り上げましょう。
  新年好 春節は陰暦の新年のことで、中国やベトナムなどでは年間でもっとも賑わう祭日です。
  永井荷風の俳句 荷風は優れた俳人でもあり、其角、漱石、久保田万太郎と続く江戸俳句の伝統を引き継ぎました。
  目刺にのこる海の色 芥川龍之介は、高浜虚子から本格的に俳句を学び、『芭蕉雑記』など芭蕉の研究論文を著わしています。
  清張と多佳子 松本清張の作品の中に、『花衣』という短編小説がありました。俳人橋本多佳子をモデルとしたものです。
  「白粉臭」 藤田湘子さんが、「汀女や立子も女性だが、ぐだぐだした句は作らなかった。」と語っていました。
  野菊・伊藤左千夫 東京江東区亀戸にある普門院というお寺に、小説『野菊の墓』でも有名な歌人伊藤左千夫の墓がありました。
  こぶし・木蓮 梅の花が散りかけてから桜が開花するまでの浅い春に華やぎを見せるのが、こぶし、木蓮です。
  牡丹開花・豪徳寺 関東では牡丹は八重桜が散り始めたころが花期で、「行く春や」などと詠まれるシーズンを代表する花です。
  フラワーランド 世田谷区の花壇公園で都立きぬた公園のすぐ近くにあります。牡丹開花のころ、この公園を訪れました。


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